北朝鮮には「哭」「哭礼の儀式」と呼ばれる、人がなくなったときの儀礼的習慣があることを多くの人は知っているでしょうか。 これは儒教式葬儀の一種のマナーやしきたりのようなもので、李氏朝鮮の頃から、朝鮮に根付いたものです。「アイゴー、アイゴー」と大声で泣く叫び声は、本能的なものではなく、あえて自発的に大声を出しながら泣くもので、この泣き声は自らの感情から出すものではありません。死者の子どもはあまりの深い悲しみのために自分では泣くことができないので、代わりに周囲の者が大声を上げて泣くのです。 遺族のかわりに「悲しい」「辛い」「寂しい」などの感情を表現しながらおおげさに泣きわめくことを仕事とする「泣き女」という伝統的職業もあるほどです。朝鮮文化において、大声をあげてなくということは、際立って不自然なことではなく、大切な人が死んだ時には当たり前のように人々が行うことのひとつなのです。葬儀の期間中はずっとこれが必要で、喪服を脱ぐときまで続けなくてはならないとされているので、総書記の喪に服すこととなった北朝鮮の市民は相当泣き疲れるのではないかと思います。
— 金総書記の死を市民があんなにも大声で泣くのはなぜか(久家雅博) - BLOGOS(ブロゴス) (via flyingtadpole)
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